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2012年12月18日 (火)

隆明の“つれづれに”7

7.

 狐につままれた様な話である。俺らの作文が入賞なんてする筈がない。大体、作文なんて宿題で出されても出した事もなく、書きたくても何を書いて良いのかも分からん俺らだったのだ。それが或る日、出した事がないのは俺ら丈だと叱られ、渋々原稿用紙に向かった――。
 すると、今一番嫌な事、辛い事が思い浮かんだ。毎朝早く起きてする新聞配達の俺らの、自分自身の姿であった。楽しい事は一つも思い浮かばない。
 辛い事、悲しい事、腹の立つ事を、涙を落とし乍ら思い切り原稿用紙に打つけてやった。初めて書き上げた初めての完成品、初めての作品である。
 それが入賞し、優秀作品として本人が朗読すると云うのだ。狐どころじゃない、棚からボタ餅、一攫千金、宝くじ大当たり、盆と正月が一度に百回来た!……どれもこれも当て嵌まらない。気も体も宙に浮いた心地で朗読が始まった。

 出初めはぎこちない辿々しい出発であったが、段々落ち着いて、スムーズに声が流れていく。
 詠み乍ら、辛い新聞配達の情景が思い出され、感情が昂っていく――そして終了。暫しの沈黙。突如、波が押し寄せる様な拍手、硝子の向こうで総立ちになって手を叩いている人達の姿が其処にあった。生まれて初めての、人に対する表現の体験である。今の俺らに到る、人に対するメッセージのデビューであった。
「それでは、少し休んで稽古に入りましょう」と、ディレクターの声。
 何? 稽古? 何を稽古するの? この侭直ぐ本番に入るのではないの? あの拍手は何だったの? 休み時間、何の稽古をするのか聞いて見た。
 答は、俺らの朗読は感性に優れ、心を打たれるものがある。が、アクセントが酷く、和歌山の人には通ずるが、全国の人達には通じない。何を言ってるのか分からない部分が所々にある。その上、激して来ると言葉が乱れ興奮だけが伝わり耳障りである。感情を抑えて、正確に言葉を伝えなくてはならない、と言う。
 何? 何を言ってるんだ? 俺ら、逃げて帰りたくなった。
                   つづく。
 

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