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2013年1月12日 (土)

隆明の“つれづれに”9

9.
 稽古場からリハーサル室に移動命令が出た。ホンマやった。愈々本番である。
 リハーサル室に入ると、緊張で顔が強張(こわば)って来た。バリバリである。
「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせ、思いっきり深呼吸をする。
「一度リハーサルを行いまーす」 
 硝子向こうの、演出の片手が上がり、寸間。息が合った所で演出の手がスーっと下り、俺らを鋭く指差す。スタートである。
 静寂の中、俺らの声だけが流れていく。声は大きく小さく、細く太く、ゆっくり早くと緩急自在に、楽器の演奏の様に流れ、盛り上がりを経て静かに終わる。凄く気持が良い。気持が良いのに終って了う。
「ハーイ、OK! 東君御苦労様、OKでーす!」
「え? 今のはリハーサルじゃないんですか?」
「そう。その積りでしたが、念の為に録ってました。凄く良かったので今のを本番とします。良かったです。お疲れ様」
 又、騙された。大人は油断出来ん。リハーサル室を出ると、先生が待ち構えていた。瞳が潤んでいる。黙って握手をする。直ぐディレクターも遣って来て、
「良かった! 良かった!」と叫び乍ら両手で手を握って呉れる。その瞳も光っている。何とも言えぬ感動が湧いて来て――俺らの顔もクシャクシャになっていたに違いない。それ迄の11年の人生には無かった、最高の感動である。その想い出は、68才になった今も鮮明に、克明に宝となって生き続けている。

 収録から何日か経った或る日の、授業中に教室のスピーカーがけたたましく鳴った。女の先生の声が流れる。
「これから5年D組の東 隆明君の作文がNHKから放送されます。皆さん、静かに聞いて下さい」
 教室内が「えー?」と言う声と共にどよめき、その眼が一斉に俺らに注がれる。俺らも不意を衝(つ)かれ狼狽(うろた)える。顔がカッカカッカと火照(ほて)り、悪い事をした訳でもないのに、穴があったら飛び込みたい、逃げ出したい思いで恥ずかしがっている俺らが、其処に在った。
                                    つづく。

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