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2013年2月 6日 (水)

隆明の“つれづれに”10

10.貧乏は心まで貧しくする

 俺らの作文の声が流れた瞬間から世の中が変わった。ラジオが主流、中心の時代である。忽ち学校中の人気者になった俺ら、天にも昇る気持である。学校中の何処ででも、俺らを指差し熱い視線が刺さって来る。何度か再放送されるものだから、噂は日に日に町中に広がり、あちこちで「和歌山の誇りだ」と云われ、俺らは益々天に舞い上る。
 そんな時、クラス委員長の女の子に叱られる事になり、目が醒めた。
「東君、何喜んでんの、バカみたい。そんな姿見たら折角の作文が泣くで」
 ショックだった。クラスで一番美人の、一番頭の良いS子チャンだった。
 S子チャンは俺らの初恋の人である。ラブレターを勇気を以て手渡した時も、何の反応もして呉れなかったS子チャンが、初めて反応して呉れたのが此の言葉である。
 完全にフラれた俺らは、猛烈な嫌悪感に苛まれ、二日間学校を休んだ。皆、風邪だと思い見舞に来てくれたが、誰にも会わなかった。
 応対した母親が、この時クラス仲間からラジオの事を聞き、吃驚した。
 母親には言ってなかったのだ。言ってもどうせ関心は示さない、と思い込んでいたのである。
 その二・三日後に、又再放送が流れると隣人から聞かされた母は遂に俺らの声を聴く事になった。放送が終わり、暫く座った侭で俯(うつむ)いていた母は、ポツンと「恥ずかしい……」と呟くと、大きく息を吸って一気に吐いた。そして、黙って芸者の姿に着替え始めた。
「ほら、やっぱり……そやから言い度くなかったんや」後に叔父からその事を、
「姉さんは、お前に新聞配達までさせて、非道い母親だと世間は思っているに違いない。何て恥曝(はじさら)しや。何でラジオなんかで恥曝すんや。ウチがこんなに身を粉にして働いてんのに……と、嘆いとんのや」と、聞かされた。えーっ、そっちかよ。
 文盲の母は、新聞配達という丈で被害者になり、作文の内容を把握出来なかったのだ。この作文は、心の豊かさを表現した楽しい作品だったのに。
 貧乏は心まで貧しくする。前向き志向の俺らも、この時丈は貧しさを悲しんだ。そして、ヒーローの鼻はへし折れた。
              つづく。

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