« 2013年7月5日 | トップページ | 2013年8月21日 »

2013年8月 1日 (木)

隆明の“つれづれに”14

14.出会いの宿命と――運命

 人はそれぞれ、その人なりに、その時代に流れ流され生き、時代と共に消えてゆく。人はそれぞれ、前生からの続きを生きる為に今生に誕生する。
 そして、それぞれ生まれるべき時に、生まれるべき人から生まれる。それは正に天の采配で、本人も望んで、その時にその人達から生まれて来る。時も親も自ら選んで生まれて来る。唯、前生の事は忘れている為、今生で生きて行く中に少しずつ思い出してゆくのである。
 前生を知るヒントは色々あるが、一番分かり易いのは性格。怒りっぽかったり、のんびりっぽかったり、とか計算っぽかったり、大雑把(おおざっぱ)ぽかったりとかで、前生の人格を覗(のぞ)かせる。才能の分野で云えば、如実にくっきりと前生が浮かび上がって来る。そして、今生で何をすべきかが判明する。
 3才にして、凡能の人と比べれば驚くべき才能を発揮すれば、それは正に前生から天才的才能の持ち主であった証拠である。驚くべき事ではない。唯そこから続きが始まるのである。

 何処にも才能を見出せない人は、前生で何もしなかった怠け者か、自己中心悪業三昧、人に迷惑許りかけて来た、人生だったのである。
 そういう人は深く反省する所から始め、一生懸命人を愛し、人の為に尽くす人生に転じなければならない。そうすれば、その徳は貯金となり、やがて花が咲き、来世は満開となって、人生を謳歌する事が出来る。
 人生は一回限(き)りではない。その魂は色んな人の肉体を借り、永遠に転生しながら生きてゆく……。
 才能のある部分はより伸ばし、乏しい部分は鍛え磨き、より高きより貴き魂に成長し、来世へと繋げて行くのである。
 人には必ず出会いがある。様々な出逢いがある。その出合いが宿命である。天の差配の出合いである。
 その出会いをどう扱うか、どう大事にするか、が運命である。
 その結果は良くも悪くも、本人に正確に却って来る。
 東母子の人生“もう一つの戦争”は小説の仕上げを待つ事にして――

 次回“隆明の思いつくまま”に、つづく。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2013年7月5日 | トップページ | 2013年8月21日 »