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2015年2月 6日 (金)

自己の再生が地球を救う

2.(CD278日)寿命とは……

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 中近東では内乱が他国を巻き込み、日本では家庭内乱が続発し、天災は容赦なく地球を襲う。自分の身に降り懸からない限り、対岸の火事の人間。
 自分の身に置き換えて備えておれば、何事が起きても対処出来る。
 慌てふためいている政府を見ると、一番危ないのは日本だ。既に破滅の坂を地獄に向かって転がり出している。
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 人は生まれ生かされ、そして死ぬ。その期間を寿命という。
 人は皆、その寿命を生きる。寿命が尽きる時――それが死である。
 人それぞれの価値は、その死に依って決まる。
 死に様は生き様である。
 死に様を見れば、その人の生き様が分かる。死に様は、どの様に生きて来たかの証明であり、結果である。
 自我欲の強い人は死に様を考えていない。考えていても自己中心だから、自分に都合の良い死に方しか考えられない。死に様自体が自我欲の塊なのだ。
 人は裸で生まれ、何も持てず、灰となって来世に向かう。
 素的な人は、この寿命の原理、哲理を識っている。理解している。だから我欲を少なくする事が出来る。豪邸も車も宝石も必要としない。来世に持って行けないのだから。
 素的な人は、名声や人を屈服させる征服欲の無意味さを知っている。
 人より立派に見せようとする虚栄心の汚さと、惨めさを知っている。
 素的な人に飾り物は不要である。自分に自信のない人程、飾り物が増える。ブランドの高価な物を体中に粘(へば)り付けて、あちこち見せびらかして披露する。移動するクリスマスツリーか。
 中身の薄い人程、その分飾りが多くなる。自分の値打が低い事を証明している事に気付かない。只のバカである。
 素的な人に飾りは要らない。素で美しい事をステキ!と云うのだ。
 地球を救うには、先ず我が身を素にする事から始めねばならぬ。
 余分な贅沢ものは、人の為に使おう。
                       つづく。

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