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2015年8月 4日 (火)

幸福への道 (CD99日)

3.感謝する根っ子

 「生まれて来ただけで大儲けである。生んで呉れただけで感謝だ」という人がいる。立派である。確かにそうだ。
 が、それは相当(かなり)な人生を歩んで来た人の、成功者の言である。
 親を憎み、友を恨み、世の中を妬んでいる人間に、その感謝は生まれるのか。地獄を這い摺り回っている人に、理屈や説教は何の役にも立たない。否、寧ろ逆効果である。
 感謝どころか、その精神は増々真逆の「悪」の方に向かって行く。それは犯罪を生み、その犯罪はどんどんエスカレートして行く。
 親を憎み、友を恨み、世を妬む念は、復讐というエネルギーとなり、取り返しのつかない「魔」の自己破滅へと突き進んで了う。
 その自己破壊は、親や友や世の中を欺き、傷付け、殺戮するという行為を伴って、何れ終息する。大きな大きな犠牲の末に終焉するのである。

 物事には全て原因と結果がある。人間、生まれついての悪人はいない。悪人になる、悪人に仕立て上げた環境が其処にある。
 「生まれて来ただけで大儲け」なんて境地には仲々なれるものではない。

 逆境に立った時、どん底に落ちた時、裏切られ怒りに震えた時、悪の方に走ろうとする自分を思い留まらせるものは何か。思い止まらせるパワーが有るか無いかで、人は天国と地獄に岐れる。

 人はどんな逆境の中でも、どんな落胆の淵でも、絶体絶命のピンチでも、必ずや、その闇から一条の光を見出す事が出来る。
 微(かす)かでも「生きよう」とするパワーが有れば、其処に光が射し込んで来るのである。天は必ずチャンスを呉れるのだ。天は生きようとする人に味方する。

 何気ない人の言葉に、ふと捲(めく)った頁の中に、飢えの中で貰った一個のおむすびに――人は救われる。
 眠っていた生命力が甦る。勇気が湧いて来る。其処に後の「感謝」という根っ子が生まれる。感謝とは……
              つづく。

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